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忌日を待つ

始まる前から終わっていた恋だ。
それを殺す日が来たからといって、どうということはない。

あと五日。

これから五日かけて、私は私の恋を殺す準備をしよう。
準備はそれほど多くない。
始末するべきものを始末すればいい。
残すべきものを吟味する必要もない。
ただすべて、粛々と始末すればいい。

片手に余るくらいしかないけれど
ひとつずつ箱にしまって、
ああ、せめて蓋を閉めるそのときだけは、
慈しむことを許してほしい。

蓋を閉めたら手を離して、
そうしたら、もう、二度と。

そうしてひとつずつ身軽になって、
全部手放したその時は、もう何も躊躇うことはない。
私は私の心に、おだやかに別れを告げられる。
2016/03/20

虚無へと手向ける

あの人のことが好きだったよ。
もう手遅れだけど。
もう伝えられないけど。
今になってやっと、わかったよ。
あのひとのことが、すきだったよ。

彼女はそう言って泣いた。

涙を見せる相手として選ばれたことは光栄だったが、
それ以上の息苦しさを覚えた。
一緒に泣くことは許されないのだろうな、と、

がらんどうになって、
受け入れるだけなら、
許されるのだろうか、と、

君のことが好きだったよ。
まだ間に合うかもしれないけど。
もう伝えられないかもしれないけど。
今になってやっと、わかったよ。
きみのことが、すきだったよ。

手向けの言葉は虚空へ消えた。
2016/02/21

「つまり好きだから」

I氏からメールが来た。
いわく「彼女ができました」。

なぜそんなことをいちいち報告されなければならないのだと苛立ちすら覚える。もしかしたらそれは空虚さとか喪失感とか絶望とかそういう存在するだけでうっかりすると生命活動すら妨害するモノたちを上書きし塗り潰し表面を取り繕って誤魔化すための苛立ちかもしれなかったが、ともかくそんなことをいちいちもはや彼にとってただのいち友人でしかないはずの自分に報告してくる彼に苛立つ、

違う、

そんなことをいちいちただのいち友人に報告してくる彼が大好きで、
そんなことをいちいち報告してもらえるいち友人として見られていることが嬉しくて、
そんなことに気付いたときにはもはや全てが手遅れになっている、
そんな自分に途方もなく苛立っている。

苛立ちも絶望も喪失感も空虚さも、もちろんトドメを刺されたばかりの思慕も、なにもかも決して悟られぬよう慎重に返信を打つ。友人ならば無条件に祝福すべき、友人ならば相手がどんな人なのか聞いてしかるべき、友人ならばふたりの出会いについて聞いてしかるべき、友人ならば、

もう無理だった。

携帯のバッテリーを引っこ抜いて放り出す。
具合が悪くて寝込んでいてメールに気付かなかったことにしようと思う。
まったくの嘘でもない。具合は悪い。原因は寝込む前にメールに気付いてしまったせいだが。

投げやりな気分で布団に倒れ込んだ。
何も考えたくない。
ただ眠りたい、夢も見たくない。


……
………

+++

…というところで目が覚めた。
しばらく呆然として、しばらく携帯を見つめる。新着通知がないことを理解してからメールを開く、I氏からの最新メールは2日前の夜、いわく「背中の皮がむけて痛い」。ああそうかいそういえば激しく日焼けしてたもんね、どうでもいい感満載のメールをしばし見つめ、自分は今夢から覚めたところなのであると気付くのにたっぷり5分。
とんでもない悪夢だった。ここまで攻撃力の高い夢は久々に見た。

……。

だがちょっと待ってほしい、
夢の中の自分はなぜああまで絶望していたのか。
というか、なんでこれが悪夢なのか。

答えは簡単だ一瞬だ、むしろ夢の中ですでに模範解答が示されている。

しかし、ということは、つまり、どういうことか。

前々から薄々思ってはいた。
思ってはいたが、
しかし、
しかしだ、
夢の中の自分があんなにも衝撃を受け絶望していて、
その夢を悪夢だと認識している自分がいて、

つまり、
2013/09/01

ハプニング

「やー、寒いねー」
「ホントっすね、もう勘弁して欲しいです」
「お酒入っててこの寒さってのはけっこうヤバいと思うんだ」
「ああ、酔っぱらいは凍死しますからね」
「そっちに行くかw お酒入ってて体あったまってるはずなのに、ってこと」
「ああなるほど。お酒といえば、前から思ってたんすけど。めっちゃ強くないっすか」
「え、私? 別にそんなことないよ、フツーだよ」
「でもいつもケロッとしてる印象があるんですけど。今も」
「そうかなぁ…とりあえず今は『今日はちょっと飲みすぎちゃったかな〜、ふらふらするや』とか思ってたんですが」
「まじですか」
「まじです」
「見えないっすね」
「うん、よく言われる」
「…ところで、さっきの話覚えてます?」
「さっきの話?どれ?」
「えーと、少女マンガのハプニングの話」
「あー、接触ハプニングからの『ダメっ…アイツはただのクラスメイトなのに…』」
「それですそれです」
「さっきも話したけど、ハプニングによってときめきが生じるんじゃなく、元々憎からず思ってるからこそハプニングがときめきのキッカケになるんだと私は常々思っていたわけです」
「まあそうかもしれないですね」
「やっぱそう思うでしょー? 嫌いな人とハプニングってもときめくどころか嫌な気分になるだけだよ絶対」
「なるほど。それじゃあ」
「…」
「…」
「…」
「こうするとどうなります?」
「…えーと、君の真意が見えなくて正直戸惑っている」
「ハプニングですよハプニング。ときめきます?」
「……ときめくかときめかないかと言ったらときめかない」
「まじですか」
「まじです残念ながら。まぁでも、嫌でもない」
「ホントですか」
「ホントです」
「…」
「…」
「…」
「…でもやっぱり君の真意が見えなくて戸惑っているのだけどもね」
「酔いを持て余した後輩の遊びとでも思っていただければ」
「この酔っぱらいめ」
「もしくは、酔っぱらいの凍死防止活動だと思っていただければ」
「この場合共倒れの危険があるような気がするけど」
2012/01/28

お昼の連ドラ化学の劇場『偽りのアスピリン』

サリチル酸と無水酢酸が恋をした。
しかしそれは身分違いの恋であった。
追っ手から逃れ、ふたりはついに唯一の理解者である名士フェリックス・ホフマンの住むバイエルの地まで逃げ延びる。
彼の側近であり触媒である濃硫酸の庇護を受けるふたり。
やがて無水酢酸の身にある変化が起こった。そう、酢酸へと変わりつつあったのだ。
時を同じくしてサリチル酸の身からも水素が失われはじめていく…。

そして生まれた解熱鎮痛の申し子、その名はアセチルサリチル酸。
そう、人呼んでアスピリン…!(ざっぱーん)

(第1話終了。CMを挟んで次回予告)

両親の命と引き換えにこの世に生を受けたアスピリン。
共に発生した酢酸にはそのことを責められ、見たこともない両親の姿を恋しがる日々。
だが、つらいことばかりではなかった。
アスピリンのそばには、両親の仲をとりもった存在とも言える濃硫酸がいてくれたのだ。
しかしそんなささいな幸せも長くは続かなかった…
濃硫酸との間に深い因縁をもつ「蒸留水」がバイエルの地へとやってきたのだ!
次回「吸引濾過」
濃硫酸とアスピリンの運命は!?
そのときフェリックス・ホフマンは!?
2012/1/11

たまご 愛の劇場

(私たちはただこうしてふれあっていることしかできないんですね)
(いや、しかし僕は黄身をこの灼熱地獄から守ることができるだけで十分嬉しいよ)
(白身さん…焦げてまで私のことを…)

「あ、目玉焼き焦げちった」
2011/12/30

【追悼】クロアゲハ

「…」
「…」
「…クロアゲハがね」
「…クロアゲハ?」
「こうひらひらって、飛んできてね」
「うん」
「駅でね、快速通過駅なんだけどね」
「快速通過」
「こう、ごーって、快速が来てね」
「通過だね」
「こう、ごーって、風がすごくてね」
「通過駅だと思って遠慮の無いスピードで突っ込んでくるからね」
「クロアゲハがね、風にね、あおられてね」
「うん」
「びしっとね、ぶつかってね」
「…うん」
「ホームに落ちてたの、ぽたって」
「………お墓作ろうか」
「……………うん……」
2011/4/10

情けは人のためならずEX

「唐突ですが人助けをしようかと思います」
「ほんとに唐突ですね」
「というわけで、困ってませんか」
「困ってません」
「困ってませんか」
「困ってません」
「困ってませんか」
「しいて言えば、目の前にいる人への対処に困ってます」
「なんということだ。ではどうしたらその困難を解決できるか一緒に考えようではありませんか」
「あなたがどっか行ってくれれば一瞬で解決しますけれども」
「なるほど。つまり私がここから立ち去るとあなたは助かる」
「まぁ、そういうことに」
「そして立ち去った私は適当に買い物などして帰ろうと考える」
「はぁ、そうですか」
「立ち寄ったスーパーでは鶏肉が特売でした。やった」
「鳥インフルの流行っている昨今、鶏肉は値上がりしていますからね」
「夕食はから揚げにしようかと考えたその時、私の目に飛び込んできたのは長ネギです」
「カモネギ状態ですね」
「長ネギを刻んでタレを作ってから揚げにかけたらとても非常に美味しそうです。というわけで私は長ネギを手に取ります」
「下仁田ネギでしょうか、深谷ネギでしょうか」
「どうも千住ネギのようですね」
「ははあ」
「さて帰宅しましたが、どうも嫌な寒気を感じます。のども痛いです」
「流行性感冒の疑いですね」
「薬を飲もうと思いますが、なんということでしょう、こんなときに限って常備薬が切れています」
「こんなことなら富山の薬売りを断らなければ良かった」
「しかしここで私は思い出しました、長ネギを買ってきたことを」
「伝統療法ktkrというわけですね」
「私はさっそく長ネギを首に巻きつけ、あったかくして寝ます」
「睡眠は大切ですね」
「そして朝が来て、ああ良かった、風邪は無事に完治したようです」
「よかったですね」
「ここで思い出してください、私は何故風邪をひきはじめのうちに治すことができたのか」
「ネギ巻いたから」
「ではそのネギは何故買ったのか」
「から揚げにかけたら美味しそうだったから」
「なぜから揚げ」
「鶏肉が安かったから」
「なぜ鶏肉が安かった」
「立ち寄ったスーパーで特売だったから」
「なぜスーパーに立ち寄った」
「ここから立ち去ったから」
「なぜ立ち去った」
「私が助かるから……はっ」
「気付きましたね」
「ええ素晴らしいです、情けは人のためならずとはまさにこのこと」
「分かっていただけたようで光栄です」
「素晴らしいものを見せていただきました、ではこれで」
「ごきげんよう」
………
「しまった、私が立ち去らなければ風邪を治せない」
2011/2/6

よりぬきTwitterログ - 探査機はやぶさの帰還編(1)

いつか人類が気軽に宇宙に出かけられるようになって、タイタニックの残骸を見つけるような感じでミネルバとかのぞみ姉さんを見つけられる日が来たらいいなあと思う
2010年6月13日 2:35:56 webから

memoログ - 隣の花は赤いEX

「図書館って落ち着くよねー」
「ふうん」
「こう、様々なジャンルの本たちに囲まれる幸せ! たまらないね」
「へえ」
「頭上高くまで本に囲まれるという点においては古書店も捨てがたいんだけどさ、やっぱ図書館のあらゆるジャンルなんでもすぐ調べられます!感にはかなわないよね、抜群の安定感だ」
「そおお」
「最近は図書館で勉強してる学生とかいるけど愚の骨頂だよね、図書館は本を眺めてこそだというのに嘆かわしい」
「ちょっといいかい」
「なんだい」
「私には君のこの部屋も限りなく図書館に近い状況にあるように見えるのだが」
「いや、図書館の本の最大の魅力は決して自分のものにならないという点にあるので、その点において僕の部屋と図書館の間には厳然たる違いがある」
「なるほど」
「わかってくれたかい」
「いや全然わからない」
「考えてもごらん、もしイギリスのウイリアム王子が一般人で君の幼馴染で将来を誓い合った仲だとしたら、君はそうやって新聞を必死にスクラップしたかい」
「したんじゃないかな」
「なんということだ。今のたとえを取っ掛かりに、決して自分のものにならないものの魅力について教授しようと思っていたのに」
「あ、わかった」
「わかってくれたかい!」
「つまり君は人妻が好きだと」
「嘆かわしい!」
2011年01月21日



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