チョコレートマジック
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バレンタイン。
世の女の子たちが思い人にチョコレートをあげて思いを伝える日。

たしかにそうなんだけれども、

そんなのって日本だけみたいでしょ。
諸外国では男女問わずバラの花束だとかなんだとか贈り物をする日だとか。

「でしょ」
「いや、でしょって言われてもさ…」
「何、これだけ聞いてまだあたしのチョコ欲しいの?」
「いや僕もそう思うけどさ、でも」
「分かってんなら言わないでよ。とーにーかーく、あたしはチョコなんて作んないからね。欲しいなら他の人からもらいな」

「…はあ」
もう断るのもいい加減飽きてきた。というかそろそろ悪いことをしているような気になってきた。
「なんっで、あんなにチョコが欲しいのかね」
クラスメイトの恭一郎があすかにバレンタインチョコを要求しだして、早半月。
普段から人当たりがよくて人懐こくて女子の間ではひそかに「ルドルフ」なんてあだ名(由来:ルドルフとイッパイアッテナ)をつけられているような恭一郎だったから、義理でいいからチョコをくれと突然言い出したときは別に不思議には思わなかったけれど、ここまでしつこいと疑問だらけである。
「…知ってるくせに」

あすかは超絶的に料理が下手で、
調理実習で同じ班だった恭一郎もそのことはよーく知っているはず…なのだけれども。

「ねえねえ」
「チョコならあげないよ」
「いいじゃんよう。もう売ってるチョコでもいいからさあ」
「なんでそんなにチョコ欲しいの? あんたなら、黙ってたって他の誰かからもらえるでしょ」
と、ずっと思ってたことを口に出してみると、めずらしく恭一郎が黙った。
「…別に、チョコが欲しいわけじゃないよ」

「って、どういう意味だと思う?」
恭一郎は吐き捨てるようにそのセリフを言ってすぐにいなくなってしまったので、必然的にあすかは自分ひとりでその意味を考えなければならなくなったのだけど、全く分からないので仕方なしに友人に電話をかけてみたところである。
『どう、って…ルドルフ的には「あすかにもらえる」ってところが重要なんじゃないの』
「どーゆー意味よ」
『どーゆーって、そーゆー意味よ』

全然わかんない。

その後恭一郎はチョコのチの字も口に出さなくなり、いつのまにかバレンタインも過ぎ去った。
小耳に挟んだ「ルドルフはもらったチョコを全部返した」という噂がいまさら気になる。ただの噂といえばそれで終わりだけど、あんなにムキになって突っぱねて本当によかったんだろうか。

あっという間に3月になり、あと数日で春休み、というある日。
「あー皆、突然だが宮田が転校することになった」
クラス中から、ええーとかどうしてーとかいう声が上がる。あまりにも突然なので確かにあすかも驚いたけれど、さらに驚いたのはその転校する宮田というのは他ならぬ恭一郎なのであるということだ。

「ねえ」
「…何?」
「何で教えてくれなかったのさ…知ってたら、あたしだってきっと」
「教えたら作ってくれた?」
「……それは」
「たら、とかきっと、とか言うもんじゃないよ。絶対なんてないんだから」

恭一郎は「親の都合で」転校するらしい。
先生はうまく歯に衣を着せていたけれど、彼の両親は離婚したのだ。

だからなのか、分からないけれど恭一郎はひどく寂しげで、
明るくて人懐こいルドルフはどこかに行ってしまったようだった。
そしてそのことに奇妙な喪失感を覚えている、あすか。

「おかーさん」
「ん?」

「チョコって、どうやって作るの」

「ばいばい、ルドルフ」
「元気でね」
春休みの初日、宮田家の前には見送りの人間でずいぶんな人だかりができていた。あそこにこのまま突っ込んでいくのは自分自身も荷物も大変な危険にさらされる、と判断したあすかは、手に持った紙袋をそこに置いてからあらためて突っ込んでいく。
たくさんの人をかきわけて進み、目指す目標をつかむとそのまま無理やり引きずり出して逃げ出した。

「何だよぉ、痛いじゃん」
「弱音吐くんじゃない男だろ」
「そっちのが男みたいじゃんか」
「うるさいそれ以上なんか言ったらあげないからね」
恭一郎がぽかん、とした。まるでマンガのような呆けっぷりでちょっと面白い。

「何を?」

「あんた、自分で欲しがっといてそれはないんじゃない」
何日も死ぬ気で頑張って、たくさんの材料を無駄にしたけれど、それでも頑張って作ったのだ。
「はい。……だいぶ遅いけど、チョコレート」

恭一郎はぽかんとした顔のままで、突き出された紙袋とあすかの顔を何度も見比べてから、急に泣きそうに顔をゆがめた。
「あ…っりがと。すっごい、うれしー」
「…なんでそんな泣きそうなのよ」
「いや、どんなものかと思うとおそろしくて」
「殴るよ」
「うそだよ…うれし泣き」
喋りながらがさごそ紙袋からチョコを取り出す恭一郎。
「おわ、トリュフだ」
「……ごめんたぶんまずい」
「見た目おいしそうじゃん。さっそくいっただっきまーす!」

・・・・・・・・・

「じゃあね、手紙書いてね」
「普通手紙書くよって言わない?」
「……チョコ、おいしか…った、よ…」
「無理しないでよ顔がゆがんでます」

「…じゃ、バイバイ。あすか」

さみしくないと言えば、嘘になるけど。

「…うん。またね」

今はたぶん笑って別れないといけない、さみしがりの恭一郎のために。

そう思って、引っ越しトラックとたくさんの級友たちのほうへと走り去っていく後ろ姿を見ながら、小さく手を振った。


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