永遠の紡ぎ手 
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かなしい音がした。何かの楽器のようだった。
「…何の音?」
「リュート、ですよ。姫様」
もの悲しいような、懐かしいような暖かいような不思議な音色。
「…其方は、ずっと私の傍に居てくれるわね?」
それは、何度となく繰り返した問い掛け。もはや確認に成りつつある問い掛け。
「国王様が戻ってこられるまでは、必ず」
そして彼も同じ答えを繰り返すのだ。
「姫様の傍に居りましょう」

何が起こった訳でも無い。
民が裏切った訳でも無い。
天に背いた覚えも無い。只、運が悪かっただけだ、と、父王は言っていた。
彼女の、彼女の父の、彼女の一族の国が平和で無かった事など只の一度も無かったというのに。
先ず、小麦が枯れた。
其れから、井戸が枯れた。
そして蒼かった空は黒雲に覆い尽くされ、民の口に不安の言葉が上り始めた。
その頃彼女の父である国王は一人の巫女より宣下を受ける。
曰、国王自ら北の山脈に根付く黒い影を討伐しなければ国は絶望に包まれるだろう。
国王は責任感の強い人間であった。民の命は自身の肩に懸かっているという意識があった。

そうして彼は独り旅立って行ったのだ。城に只一人の愛娘を残して。

吟遊詩人の奏でるリュートの音色が城全体を包み込んで行く。彼女が生まれた時からずっと彼は城で演奏の手伝いをしていたから、吟遊詩人の奏でる音は彼女にとって何より安らぐ音色だった。
「リュート、でしたか」
「そうです」
「不思議な音色…先程までは、なんて悲しい音色の楽器なのだろう、と思っていたけれど、今は何か懐かしいような音色に聴こえるわ」
吟遊詩人は何も言わずに弦を爪弾き続けていたが、ふと顔を上げて柔らかな微笑みを浮かべた。
「人の心を映すのです」
「心を?」
「これは私が私の師匠より受け継いだものです。師匠も、これで沢山の人の心を見てきたと言っていました」
話しながらも、指は弦を爪弾き続ける。穏やかな旋律が部屋を満たした。
「先程聴かれた時は、きっと姫様は寂しいと思われていたのでしょう。今は、失礼ながら国王様の事などを思い出されておいででは」
「……そうね。その通りよ」

暖かな旋律。

「…お父様は、戻って来られるかしら」
「必ずや戻られます。国王様は、必ず」
「…そうね。そうよね。其方が言うと、頼もしいわ」

懐かしい旋律。

父と母と自分、平和な国の平和な城で幸せに暮らしていたあの頃の記憶。

本当は何もかも知っていた。
父王がこの城に戻って来る事は、もう無いと。
もう父に逢う日は永遠に来ないのだ、と理解した上で、
その事だけは悟られまいと努力をする吟遊詩人のその心が嬉しかった。とても、とても。

「其方だけは、私の傍に居てくれるわね?」
「国王様が戻って来られるまでは、必ず」

そうして今日も同じ問答を繰り返す。
それが終わる日はきっと来ない。

「姫様の傍に居りましょう」

もの悲しい旋律。
リュートの音色に包まれて、城は永遠の住処と成る。


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